木材革命―ほんとうの「木の文化の国」が始まる

「畢竟」って読めますか?

私のような林業に対する知見が全くない者にとっては、それを知るという前段階を飛び越して、いきなり「革命」という言葉に晒されるのであるからいささか刺激は強い。しかしながら初めに語られるのは固定概念を打ち砕く内容であり、そこで打ち砕かれる概念は林業に対する学がある場合も、全く無い状態で勝手な印象を持っている場合でも同じことのようだ。つまり、木は強度が弱いとか、火災に弱いとか、日本の木材は価格競争に負けたのであるとか。

本題で詳しく述べられるのはこのうちでは後一者に関してである。つまり、林業の経済的、文化的側面を深く掘り下げた内容といえる。前二者については別途材料学の専門書あたりを参照、ということであるようで、巻末に関連書籍の紹介も詳しい。

本書はドイツの林学を師と仰ぐ内容で、而してドイツ林学が如何に発展して来たか、それをドイツの文化史から説くことから始めている。従って他ならぬドイツ文化論の書ではないかと思ってしまう部分もあり、林学だけに的を絞って理解を進めたいと思うとその集中力が散逸してしまうことが難点といえば難点である。勿論林学を絡めてドイツの文化について様々な教養を、と思うのであれば問題ない。

しかしながらこうした背景講釈に紙幅を割き過ぎたのか、肝心の林学・林業、特に日本のそれについての問題点の指摘や改善策の提示といった、書名でもある本題がやや浅い内容に終わっている感じがしてならない。勿論その内容は、木材が長さを誤魔化しての販売が常識であるとか、あるべき焼畑のやり方であるとか、充分刺激的な内容ではあるが。

結局本書は、林学の素養を身に付けた上で、その概念を打ち砕くという意味での「革命」というよりは、門外漢への林学林業への興味を惹かせるための、劇薬的入門書と言えるかも知れない。

尚、本文は著者の哲学的思考に裏打ちされた教養の深さが滲み出ており難解。他ではまず聞かないような熟語のオンパレードである。その中で一番目にしたように思うのが畢竟。たまには国語辞典片手に読書など如何(字が読めなかったら漢和辞典も要りますが:p)。その一方で単純な記述ミスも多く、正誤表が挾み込まれているがそれでも足りない。知識に嫉妬する向き(自分のことか_| ̄|○)は間違い探しを:p

そして、これから学生生活を始めるという方があれば、是非ともあとがきを読んで欲しい。これは林学とは凡そ関係の無い内容ではあるが、いやむしろ、本書の内容に興味を持たない場合でもこれだけは読むべきではないか。既に学生の身分を終了してしまった私は後悔するばかりであるが、著者は大学生時代を実に理想的に過ごしていると思う。

乃ち、自分一人で様々な分野の知見を得、思考の演繹を図ることは非常に困難であるが、同じ学生という身分でもそれぞれに異なった得意分野や專攻を持っている。こうした人々との交流を深くすることで、自分の得意としない分野を一から開拓するより効率良く、その世界を知ることが出来る。著者は林学を志した理由として、教養課程で得たありとあらゆる分野に亘る知識と考え方を全て活かせる学問分野であるということを述べている。林学という学問が他の学問に比べて本当にそう言えるものであるかどうかは、これを知らない者には全く分からないが、少なくとも專攻を選ぶ際にこのようなことを言えるというのは非常に素晴らしい。

そうした意味でも、東大の駒場寮という共同生活の場は非常に有意義なものであったろう。そして、社会人から見れば贅沢な時間の使い方が出来るという特権を活かし、哲学的な議論や思索に没頭することも出来る。哲学への興味が薄れたのが先か、個々のプライバシーが重要視され共同生活が廃れたことが先か、現代では著者のような生活を送ることはいささか困難ではないかと思う。勿論私自身共同生活など真っ平御免と考えているので偉そうなことは言えないのだが、少なくとも自分と考えや思考を異にする人々との交流を深めるということは非常に重要だろう。本書はそのような学生生活の在り方を説く書でもある、と感じた。

2006.1.14作成
トップ > 書評 > 現在地 木材革命 村尾行一 農山漁村文化協会 2005